カフェを開きたいと思っていた。


カフェを開くのが長年の夢で。だからこのブログの看板にしてみたのです。

夢を見続けてて、とりあえず、目の前の生活をぼちぼち頑張る毎日。
そこからちょっとのきっかけで夢が動き出し、ついにカフェが現実に!!

さて、ここがゴール?
いえいえいえいえ、ここからがスタート。

自分のカフェを持ち、理想と現実のギャップに悩み。
絶賛、試行錯誤と暗中模索の繰り返し。

みたいな日記。

産院の食事を見て思い出す。

Repos

9日朝、長女から連絡があり。

10分おきに陣痛が来ていると・・。


ムコドノが出勤した後だったら間に合わないかもしれないので、

すわ、病院へつれて行かねば!?と思いきや、

ムコドノがお休みをもらったので、来てくれなくてもいいよと・・。


どうすべ?まだ行っても仕方ないか。

次女の時はコロナ最盛期で面会もままならんかったが、

今はそれほど厳重な規制はない。

出てきてもないのにどうしようもないわなぁ。

お店の方は、お弁当の予約の分をさっさと終わらせたものの、

お尻を浮かせたままカフェ仕事に入る。

しかしながら、気になるのでちょくちょくと「どう?」とか会話はつづく。

次女子も会話に参戦してきて、

何分おきだの、地獄だなーだの、どんなごはんかなーだの、

そして、いつまでたってもお気楽なラインのやり取りが止まらない。

この緊迫感のなさはなんなんだ?


そして、産院の昨日のおひるごはん。

ごちそうですね・・。

(長女は食事の写真を見て産院を決めたんだそうです)



なんか、自分のお産の時のことを思い出しちゃうのですよね・・。


息子の誕生日、2月2日なんだけど。

実家はお寿司屋さんなので2月3日「巻寿司丸かぶりの日」の戦いが始まっていて、

産まれてからの報告にしようと思ってまして・・。

んで、息子は産まれてすぐに心臓に問題が発覚して夕方から別の病院に搬送され、

夕方当時小学生だった次女子を連れて面会にきていた夫さんは、

産まれたての息子を乗せた救急車について別病院へと移動・・。

次女子は病院に連れてこられたものの帰る足もなく夕ご飯もない。

近くにお店もないし、売店もない(笑)

仕方がないので産院で用意された自分の食事を次女子にとらせたので、

出産当日ですよ・・。私はとてもひもじかったのです。

夜8時ごろ義父母が次女子を迎えに来てくれたんですが、

赤ん坊のいない産院にいても仕方ないのでさっさと帰ってしまい・・

義父母にどこかで何か買ってきてくれとも言えず(笑)

深夜12時過ぎに夫さんが戻ってくるまで、ずっと、私は空腹だったのでございます。


息子はおかげさまで産まれて二週間目に手術して、今は元気ですよ。

よく産まれた当日にその問題を見つけてくれたこと、と思います。

あの先生がチアノーゼに気が付かなかったら、原因不明のまま死んでたかもしれない。


まったく恨み言ではないんだけれども、

普通、出産って結構大変なものなだし、

その直後ぐらいは、感謝され、ほめられ、気遣ってもらって、

大事にされるものだと思ってね。

だから、誰も悪くなくても、ついつい思い出してしまうんですよね。


あの日の、私の空腹は、かわいそうだったよねー (笑)

誰も悪くなくてもね。・・と。



で、

長女の話に戻ります。

陣痛らしきものは10分おきに収縮を繰り返すものの、

それ以上短くもならず、強くもならず、

「一旦家に帰ってもいいですよ。」と先生からのお達しがあり、

家に帰ってしまいました(笑)

「明日の朝(今日のこと)ようす見て促進剤使うか考えましょう。」

ですってさ~。ありがちよね~。


さ~てさて。

長女よ、頑張れよー。

今日かな。明日かな。


ごちそう ごちそう(笑)


長女子の行ってる病院のHPで確認。

なになに? 出産された方のお祝い膳ですと?

ひえー。うわー。

こんなに食べられる?

(あすけんやり始めてから、ごちそうが怖い)


っていうか、「出産した方へ」ってことは、

いつでもこれ用意できるようにしてあるのかな。

それとも、曜日でも決めてあるのかな?

いつ来るかわからないのに材料揃えられるんかしら・・

(提供する側の目線)


いやいや。そんなことは、まあいいや。


がんばれよ~。

応援してますよ~。

読んでくれて、ありがとう。

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