カフェを開きたいと思っている。

カフェを開くのが長年の夢で。だから看板にしてみたのだけれど。

理解を得られないこと。環境がゆるさないこと。資金調達が困難なこと。
いろいろあって、夢にはたどりつかないかもしれない。

でも、あいかわらず夢は見続けてて。
....とりあえず、目の前の生活をぼちぼちがんばる。
みたいな日記。

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おとうが死んでから、25年かぁ・・

もうすぐお盆だーな。


私の父親は、
私が次女を出産して3週間目に肝硬変で亡くなりました。
突然悪くなったわけではなく、20年かけて肝炎と不摂生を繰り返し、
徐々に悪化して、そのタイミングで逝ってしまいました。


次女と同じ年だから数えやすいんです。
そうか、もう25年か~。きっと守護霊になってるはず。
その赤ちゃんはもう、嫁に行ってしまったよ。
ちゃんと守ってくれてるんでしょうね。頼んどきますよ。


明石家さんまみたいに、おもしろい父でした。
飲めないのに、いつもテンションが高くて、笑って、いたずらっこでした。
んでもって、子どもみたいにわがままで、好き放題して、
賭け事が大好きで、借金をいっぱい作って、
寝たきりのじいちゃんの面倒は、母親に看させておいて、
浮気して、遊んで、
他人の分まで借金かぶって、どんどん増えて、億近い金額になって、
絶望したりもしたけど、
「車でダムに飛び込んで来るわい!」と出ていっては、
「あと50円しかない・・。」と言って帰ってきて、
結局は病気が悪くなって、病院で普通に?死にました。




何度、悪口言ったかわかんないね。
死んだ人のことを悪く言うなんて、ひどいと思う人もいるでしょうけども、
でも、本当のことだからしゃあない。あはは。


いっしょに働いて、借金返すの手伝ってやったんやから、ちょっとぐらい文句言う権利あるでしょ。



死ぬまで、おかあからも、娘達からも、見捨てられることもなく、
普通に逝けてよかったというべきなのかなんなのか。
死ぬまでには完済できなかったけど、
おかあはもう、金銭面ではきれいになってる。
生まれ育った家も捨てず、この土地から逃げ出さず、
よく踏ん張れたものだ・・・と思う。
普通ではできない経験させてもらいましたさ・・。
おかあが得意だった、お寿司を売る商売をして、それがうまく乗って、
いろんな人が助けてくれて、寝ないで働いたな。


深夜におかあと私が、巻寿司のお弁当を詰めてて、
うとうとと寝そうになって、がくっと頭が落ちそうになるあの瞬間。
「こわかったねーw」「首もげるかと思ったねーw」と今でも笑い話。


・・迷惑かけた人もいるはずなんだけど、義理は返した。はず。たぶん。
今は、おかあは、おとうの年金の半分をもらって、それで食べてるよ。



あの頃と同じぐらい、ハングリーに生活すれば、もっとお金貯まるのかもしれないな。
でも、あんなしんどい思いは、もう無理かなぁ・・。



55歳で死んだおとう。
私はもう間もなく、おとうよりも年上になってしまいます。



昨日、お客さんから、イチジクもらったんだな。
おとうの好きだったイチジクだよ。
他には、イカのてんぷらと、炊いたなすびと、すき焼きが好きだったかな。
そういや、誕生日クリスマスイブだったのに、鶏肉がきらいだったなww




今度、実家に帰るとき、いちじく買っておそなえしてあげよう。
(忘れてなかったらね。)


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