カフェを開きたいと思っていた。


カフェを開くのが長年の夢で。だからこのブログの看板にしてみたのです。

夢を見続けてて、とりあえず、目の前の生活をぼちぼち頑張る毎日。
そこからちょっとのきっかけで夢が動き出し、ついにカフェが現実に!!

さて、ここがゴール?
いえいえいえいえ、ここからがスタート。

自分のカフェを持ち、理想と現実のギャップに悩み。
絶賛、試行錯誤と暗中模索の繰り返し。

みたいな日記。

さらばガングリオン。

ガングリオン除去。
オペ所要時間は,1時間以上。麻酔から含めると3時間。
「なかなかよく育った大物でした。」
と,褒めて?もらった。




―レポート―


午前8時半。南奈良病院に到着。
受付をすませて,整形の外来窓口へ。
先日診察してくれた先生がひょいと顔を出して「Reposさん」と呼んだ。
手術着に着替えさせられて,血圧を測ったら上145もあった。
「緊張してますね。」と言われたが,緊張しているつもりはなかたので,私の血圧あがったのかな?と不安になった。
反対の腕に点滴をつけられて準備が整う。


麻酔は,オペする側の脇のそばに針を差し,少しずつ薬を入れていく。
「0.5 1 そこで0.5 そこで1 1 1 残りどれだけ?」こんな感じで。
伝達麻酔って言うんだって。
「そんな怖いもんでも難しいもんでもないよ。」とドクターは言った。
脇から肩のあたりがぼわんとなって,ひじから先の感覚がなくなっていく。


「9時45分入室で。」とドクターが宣言して,
三角巾で腕を吊られて,診察室から放り出される。
1時間もすると,二の腕の感覚は残っているけど,指先まで完全に自分の腕ではなくなった。ただぶら下がっている左腕は重い。


看護士に案内されて,点滴のカラカラを自分で押してすたすたと歩く。
・・・病院は迷路のよう。
看護士の気が急いているのが伝わってきてなんとなくやるせない気持ちに・・・。
ドアを,足でけとばして開ける。
いや,スイッチが足なだけなんだけど,なんだか乱暴に見える。
帽子をかぶせられて,がらんとした広い部屋に入る。
イケメン二人と,かわいらしい看護士が待っていて,さっきの先生もいた。


「この台に横になって。」と言われて,寝転がる。
動かなくなった左腕を持ち上げて,やたら丁寧に消毒をする。
まー・・・・イケメンだし若いわーこの・・・看護士?先生の卵?
「何歳?」と声をかけてしまう。
「28です。」
「そちらの方は?」
「35です。」
・・・・・。2人ともいいかんじ・・。


左肩から右腰にかけて,スチールの棒みたいなものが渡されて,それに大きな緑色の紙をかけて,私からは左手が見えなくなった。
自分の手を切るところを見てみたかったけど,実際に見てたら怖いんだろうか・・。
紙の向こう側で自分の左腕が,固定されたり押さえつけられたりと,痛めつけられているのがなんとなくわかる。
反対の右手に,血圧計がつけられていて,自動で空気が入って定期的に測定している。
指先には洗濯バサミのような酸素計がついた。なんて言う機械だったのか覚えられない。
モニターがいくつか自分の周りにあるので,画面を見てみるが,なんの数字かはわからない。


なんて言ったか忘れたけど,オペが始まったのがわかった。
何されても何もわからない。さっきのドクターと,若い女性のドクターの声が交互に会話をしてる。
眠くなって来た。
「気分悪いですか?」
目を瞑っていたら,さっきのイケメンが顔面30cmのところにいた。
「うふふん。なんともありませんよ。」
と答えた。
腕はなんともないが,クッションも何もない台に寝かされているので,腰が痛くなってきた。
「足曲げてもいい?」と聞くと,「いいですよー」と返ってきた。


ドクターは助手らしい女の先生とずっとしゃべっているのだけれども,肝心のガングリオンの話が,なんのこっちゃ全然わからない。専門用語も多いし。
「これ,出て来て何年持ってた?」と不意に聞かれた。
「たぶん,4年ぐらい。」
「もっとやな。隠れてる時期も長かったんじゃないかな。」
・・・あっそうっすか。
所要時間30分と聞いていたわりに,長いよ。もっとかかってるよ・・・。
1時間くらいたったかな?と思ったら,
「終わったから。あと縫うだけ。」と声がかかった。


やっぱりちょっとホッとする。
脳内で,力いっぱい ぐー・・・してみて,ぱーしてみたけど,
これ,動いてないんだろうな。
脳梗塞になって,半身不随になったらこんな感じなのかもしれない。


仕切られていた紙やらスチールの棒が取り払われて,自分の左腕があらわれた。
指先はわずかに見える,ドラえもんになってた。


起きろ・・と言われたが,腰が硬直してるし,左腕も支えにできなくて,起き上がれない。
イケメンに右手を伸ばして
「おこして・・・」と助けを求める。
3人がかりで支えて助け起こしてくれた。28歳イケメン君ありがとう。
「切除したのはこれ。」
と,白っぽいゴムのような袋を見せてくれた。直径2cmぐらい。
ピンセットでふにふにと押さえると,とろりとしたゼリー状の綺麗な液体が中から出てきた。ホルマリン漬けにするんだってさ。


オペ室から退室して,1階の看護士が迎えに来てくれた。
外来の診察室でいっぱいつけられていたものをはずして行く。
最後に血圧を測ったら上98下48 こんなもんやな。わし,いつも低いから。 


次の予約をして,書類を渡されて会計をして帰るだけ。
くすりは,かのう止めと,痛み止めと,胃薬の3種類。
完全に左腕は使えないけれども,右腕でシフトをドライブにしたら,・・全然普通に運転できた。



「麻酔が切れる約12時間後ぐらいから痛くなるかも。」
と脅されていたので,夜9時頃までに痛みどめの薬を飲んだ。
それほど痛くなかった。


次の予約は4日後。でもその時は抜糸してくれなかった。
「次は一週間後ね。その時抜糸の予定。」だそうだ。
あさって,抜糸してくれるかな。


と,ようやく今現在に追いた。



―レポートおしまいー



―ここから余談―


今回,実家のおかんが「付き添う」と言ったので,最初一人で行くつもりだったわたしも,わずかに不安があり,頼んでしまったのだけれども,
それがまぁ役に立たん役に立たん。


オカンは,私が手術着に着替える時に,服やらバッグやらを全部抱えて,
「9時45分入室」とドクターが言ったあとに,
その5分前にトイレに行ってしまい戻ってこない。
荷物番どうすんねん・・・・。しかたがないので2分だけ看護士に待ってもらって,
オカンの顔を確認したので,3階のオペ室に移動・・・。
わしと看護師が,歩きかけているのに知り合いの顔を見つけて立ち話を始めるし。
看護士は時間が気になっているので,オカンを放置ですたすた歩いて,
足の悪いオカンは当然ついて来れずに迷子。
看護士はオカンを探してくれて,3階の控室に案内してくれたようだが,
私のオペが終わってもそこにはオカンおらず。


1階の整形の診察室に戻り,オペ後の処置の点滴はずしたり血圧測ったりのこまごましたことが終わっても,まだオカンおりてこず。わしの服がおりて来ず。
看護士がまた探しに行ってくれて,3階のデイルームで発見。
看護士は忙しいのでオカン放置して「最初の待合のところに来てくださいね。」とわしの服だけ持って戻るが,またオカン戻って来ず。
仕方がないので,会計を先にしようとしたら,「今月初回なので,保険証を確認します。」と言われ,それもオカンが持って行った私のバッグの中だ・・。


しばらく整形の待合で待っていたが,らちあかん・・と思って,館内放送をかけると,すぐ出てきた。内科の待合にいたらしい。
わし,内科も見たんやけどな。整形と場所間違えてるかもと。隠れるように奥の方におらんでもええと思うけど。それに,そっちからも探してくれたらいいと思うけど。


まぁとにかく,そんなことで,わしの荷物もったまま。終始オカンはいなかった。



で,左手麻酔が効いてぶらんぶらんドラえもん状態を三角巾で吊って,
自分で車を片手運転して帰った。



上の画像は,オペ当日で,
今日で8日経ち,現在はもうすこし身軽。


まだ痛い。
でも,オペ当日からハヤシライスを作った。
片手でお米洗って,
座り込んで太ももにジャガイモ挟んで,皮む。
・・厳しかった。混ぜるのに,鍋を押さえることもできない。
限界を感じたので,翌日は外食&実家。
翌々日も外食。
夫は,いっさいごはん作ってくれない。
でも洗い物はしてくれた。
今もまだ,夫がやってる。



感謝すべきなのだろうけれども,
この状態の私に洗い物しろっていうほうが鬼だと思うので,やって当然だと思う。
普段毎日毎日家事をしているわたしに,夫からは感謝も労いもないわけだから,今も感謝も労いもなくて当然であると考えてしまうわたしは,心が狭い。と思う。


感謝しているし,申し訳ないなと思っているけれども,
何故か,その通りに言いたくない。


洗い物している間中,水を出しっぱなしにしているのも気に入らないし,
茶わんに米粒のくっついたあとが残っていたりするのも気に入らないし,
洗っている間中,ぶすっとしているのも気に入らない。
やってもらいながら,うんざりである。



その文句を言わないのは,
わたしの優しさと感謝と気遣いのかたまりでもある。


以上。



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